『長谷川さん、日本人を蔑むような言い方をして申し訳ありませんでした。貴方が噂通りの人間か確かめたくてワザと怒らせようと試みたんです…。』

英語でブライアンが司に話しかけてくる。

『なるほど…。
確かに不愉快にはなったが、俺はそこまで愚かな人間では無い。ちゃんと己の気持ちを制御する事は出来るつもりだ。
ただ、貴方と仲良くなりたいとは思わないから、後は亜子と話してくれたらいい。』

司は英語でブライアンにそう言って立ち上がる。

2人の間の会話は兄妹達には分からないが、司がブライアンに差し出した手から、和解したことを理解した。

2人は握手をして、これより先は3人に任せようと、莉子と共に司は応接間を出て行った。

「亜子、君はまだ若いから、将来なんか分からないと思うけど、僕は君さえ良ければ…いつか…一緒になれたら嬉しいと思っている。」
ブライアンが熱い目をして亜子を見つめる。

「いやいや、ブライアンさん亜子はまだ15です。
法律上、結婚は許されない歳ですから。それに、亜子にはなりたい夢ややりたい事が沢山ありますから、そんな約束は出来かねない。」

断固拒否と言う風に、正利はブライアンに忠告する。

「お兄さん、僕は本気なんです。実はこの船に乗る為に仕事を辞めて来たんです。亜子さんのその竹を割ったような性格が好きです。その年にして備わった、凛とした気高い風情や眼差しが大好きです。」

兄を目の前にして、良くそんな恥ずかしい事が言えるよな…。
そんな歯の浮くような言葉達が、日本人男子の正利からしてみたら、眉唾ものだと思ってしまう。

だから、信用は出来ない。

「本気かどうかはとりあえず置いといて、まず簡単に仕事を辞める男は信用なりませんし、貴族である貴方と妹とでは身分が違いますから。どうか諦めてください、」
父親代わりにスパッと言わなければと、正利は亜子を守る。

「僕が働くのはあくまで趣味です。家には遊んで暮らせるほどお金があるし、本の売り上げ金が毎月入って来ますから心配には及びません。」

働かなければ食っていけない正利とは雲泥の差だ。

若干その生まれながらの金持ち風情にイラっとしてくる。こんな男に亜子はやれないと、父だって言うだろう。

正利はそう思いながら、断りの言葉をいろいろと脳裏に浮かべていると。

「お話しは分かりました。」
と、今まで他人の事のように傍観していた亜子が、ついに口を開く。

「私は今、やっと自由な身になったところで、やりたい事が沢山あります。全て叶えるまで…15年ほど頂けますか?
15年経った時、もし私に好きな人がいなかったら結婚してあげましょう。」

なんて…上から目線なんだ⁈と、隣にいる正利は一瞬呆気に取られるが、これは究極の断り文句ではないかと、妹ながらあっぱれっと心の中で讃える。

それなのに…。

「本当ですか?15年でも20年でも待ちます。貴女の為なら幾らでも貢げますし、時間だって惜しくは無い。」

いやいやいやいや…何を言ってるんだこの男は⁉︎

15年待ったら何歳だ?
いやいやそんな事より…相手はイギリス人だ。金髪の子が生まれて来るかもしれない。亜子が日本からいなくなる可能だってある。

待て待てと、正利の脳内はパニック状態だった。

「分かりました。では、手始めに私が身請けする時に司様が払ったお金、あと父の借金、あと…とにかく、この先の資金援助をお願い出来ますか?」

亜子は何を淡々と言ってくれちゃってるんだ⁈
諦めさせる為に言ってるんならいいが…この男、いささかちょっと可笑しいぞ。

急いで亜子を目で制する。

それなのに亜子は、自信たっぷりの笑みを浮かべている。

「そんな事お安いご用だ。本来なら僕が身請け金を払いたかったのだが、藤屋の女将から外国人は信用出来ないと言われて、悔しい思いをしていたから。」

とりあえず…この男がいる次元が違い過ぎて、全く凡人には太刀打ち出来ない事を知る。

「ちょっとお互い熱を冷ますべきだ。双方考える時間が必要です。」
正利はそう言って、一旦落ち着く事を提案する。

「どんなに時間をかけたって、僕の気持ちは変わりようがありませんが、この場は確かに良くないですね。」

やっと話が通じて正利はそっと肩をなぜ下ろす。