一等客室の階に設けられている応接間を貸切り、ブライアン、亜子と正利がローテーブルを挟んで向かい合って座る。

莉子は備え付けられたポットから紅茶を注ぎ、静かにその中央のテーブルに置いて行く。

司は双方が見渡せる席に座り、落ち着き払った表情で両者の顔を見渡す。

「亜子は、ブライアン伯爵の事を知っていた。と言う事か?」

「はい。半年ほど前から花街で何度かお酒の席をご一緒しました。」
亜子がしっかりした声で答える。

「で…、ブライアン伯爵はいずれ亜子を身請けしたいと考えていた、と言う事か?」

「いつか、身請け出来ればと思っていましたが…。
彼女は若く私には勿体無いと…憧れていたと言う答えの方がしっくりします。
ただ、これだけは伝えておきたい。一度も情は交わしてません。」

ブライアンはバツの悪い顔をして、それでも素直に事の成り行きを話し始める。

「僕が彼女の身請け話しを知ったのが、冬の寒い頃でした。どんな人が身請けするのかと調べて、長谷川さんに繋がって、人と成りを調べさせて頂きました。

その情報を頼りに、彼女には辞めた方が良いと何度も説得しました。まさか、姉の婚約者だと言う事は知らず、ただ余り良い噂がなかった為、幸せにはなれないと懸念したにすぎません。」

「俺の噂はろくなものがない。冷血、冷酷、容赦無く切る温情のない男…。
商売をしていると、どう歩み寄っても交渉が不成立になる事がある。そういう者に限って恨み妬みが強いから、噂は噂だと気にも止めていなかったが…。

ここに来て痛い思いをするとは思わなかった。
まぁ、俺の事はいい。今、大切なのは傷つけられた莉子の心と、君と亜子との話し合いだ。」

「莉子さんには、本当に申し訳ない事をしました。
長谷川さんの事を僕がただ、嫉妬にしたに過ぎない。亜子さんを妾にして、本妻と仲良くしているものだと、誤解してしまいました。
本当に申し訳ありませんでした。」

頭を低く下げ、ブライアンは莉子に謝罪をした。

「あの…誤解が解けたのならそれで…。
でも、その…司さんは噂とは違い、とても思いやりのある優しい人です。どうかその事も知っておいて頂きたいと思います。」

莉子はそう言ってブライアンを許すだけじゃなく、司の事も誤解しないで欲しいと訴える。