食べ物のことでぼんやりしてぶつかるなんて申し訳ない。
 結乃が尋ねる不機嫌そうな顔をしていた男性は、視線を結乃の顔と体を行き来させ「へぇ……」と赤ら顔で笑う。

「なんだ、逆ナン?」

「え?」

 思いがけない返答に固まっていると、男性の距離が急に近づく、腕はもう気にならないようだ。

「いいよ、ぶつかったお詫びに一杯付き合わねぇ? あんた好みのタイプなんだよね」
(まずい。これはタチが悪い酔っ払いだ)

「い、いえ遠慮します」
 逃げた方がいいかもと後ずさったタイミングで男に二の腕をつかまれた。

「いいじゃねぇか、付き合えよ」

「ちょ……、やめてください」
 拒否し逃れようとするが、二の腕を掴む力は存外強く動くことができない。
 酒臭い顔を寄せられてゾッとする。

(ど、どうしよう……)

 大きな声を出して周囲に助けを求めようかと思った時だった。

「何をしている」
 
 結乃の背後からよく通る声がする。振り返ると長身の男性が立っていた。

「え……、宇賀地、さん?」

 思いがけない人物の登場に、結乃は自分が絡まれている状況も忘れ声を漏らした。

「なんだよてめぇ」