結乃は拳を握るようにして宣言するとデスクにむかい、パソコンの電源を入れるのだった。

 その日は予想通り残業になった。
 午後八時過ぎ、全ての入力作業を終え、チェックまで完了させた結乃は、椅子に腰かけたまま両手を頭の上で組んでうーんと伸びをする。

「はー、何とか終わったぁ」

「おつかれー、私の方も終わったわ」
 
 隣の席で別の作業をしていた同僚が声を掛けてきた。
 彼女は宮下(みやした)千香子(ちかこ)という女性社員で四十二歳、大学生の娘を持つお母さんだが、いつも身なりに気を使っており三十代といってもおかしくない綺麗な女性だ。

 プライベートでも仲良くしてもらっていて、何度か家にもおじゃましたことがある。

「千香子さんは今日も旦那さまがお迎えですか?」

「そうね。裏で待ってるって連絡あった」

 お互い帰り支度をしながら話をする。
 彼女の夫は都内の企業に勤めるサラリーマンで、妻が遅い日には早く帰って車で迎えにきてくれる優しい人だ。

「愛されてますねぇ。素敵な旦那様がいていいなぁ」

「なーに、結乃ちゃんだってこれからいくらでも素敵な出会いがあるでしょうに」