「ゆっくりできた?」


「…はい。…ありがとうございました」



あまり身体は火照ることなく、逆上せ上がることもなく、私は脱衣場を出た。


緋古那さんは知らないのだろうか、それとも知っていたから私に引き合わせたのだろうか。

浴室に今も浸かっている彼を。



「着物も…、家宝にします」


「…ウル」



それから入り口でもあり出口でもある大門まで送ってくれた緋古那さんは、懐から何かを取り出す。



「これ、昔から行燈(あんどん)部屋にあった置物なんだけれど。どうせ知らないうちに捨てられるガラクタだろうから」



私にくれる、みたい。

着物も貰って朝食も貰って、置物も貰って。


人生でこんなにも与えられてしまった幸福に、逆に怖くなる。


すると私に渡しながら、緋古那さんは耳元でこう言った。



「…売れば小判5枚ぶんくらいにはなるはずさ。金にして、またおいで。金さえ持っていれば、この門は潜れる」


「……!」


「その着物も必ず着てくるんだよ。…俺がまた、どうしてもきみに会いたいらしい」



夜が、やっと明けた。