顎をくいっと向けさせられる。
にっこり微笑むそれは、神経を惑わせる毒と一緒だ。
「きみは化粧がよく似合いそうだ。…婆や、紅をちょうだい」
すると郎子はひとつ、隣に座っている老婆に紅を持ってこさせた。
そして長い中指ですくって、私の唇に伸ばすみたく触れてくる。
「ん。きれいだ」
当てられた鏡。
そこにはみすぼらしい着物には似合わない赤色を付けた、私がひとり。
こんなことになるなら髪も伸ばしておけば良かったなんて、そんな後悔。
せめて銭湯くらいは入ってくるべきだった。
いつも濡らした手拭いで身体を拭くだけ。
なんて、なんて、情けないの。
「っ…、う…っ」
「おや。…泣くほど嬉しかったと思って正解?」
ここに来れば一瞬で色付けられてしまう赤は、私が生きる場所では家族を盗賊にまで変えてしまう。
でも、この涙は。
あふれては止まらない涙は、紅を付けられたことに喜びを感じてしまった自分への戒(いまし)めのようなものでもあった。