あの日、私は素直に脱走していればよかったんだ。

追ってくる吉原からどうにか逃げて、名前も捨てて。


そうして金がないなかでお前に会いにくる女になっていたほうが良かったのかもしれない。


鷹と暮らしている女性が徳川家の者で、緋古那を買ったのであれば。

私はその権力を少しだけ譲ってもらえたかもしれないのだから。


ああ………なんて図々しくて情けのないことを。



「おまえが愛している男は誰だ。ほれ言ってみろ」


「……っ、すい、げつ…」


「…水月、だと?」


「そう、だ…、私の心は……今もこの先も水月のものだ…っ」



廓詞なんて飾りだ。
化粧だって芸事だって、ぜんぶ飾りだ。


勇ましくて男らしく生意気で、まるで女らしさのない子供だった、私は。


こんな髪なんて切ったっていい。

彼に愛されるなら、なんだっていいんだ。