「……俺は、本当にさ、なにもなくて」



そんなことない。

なにもないだなんて、あったから私に幸福を与えてくれたんだ。



「この場所で置物になっていたほうがラクなのかもしれない。…裏吉原の緋古那は、外の世界では無名の寅威でしかないんだよ」



無名の寅威。


なんて、なんて自由で格好いいんだろう。


緋古那として生きたあなたの時間だって、人生だって、決して無駄なものではない。

私は優しいが過ぎた緋古那さんも大好きだ。


ここに来れば辛いことや苦しいことを忘れさせてくれた、緋古那さんが。



「あなたの笑顔があれば、それでいいんです」



なにもなくたっていい。


一般論からはかけ離れていたとしても、知らないことばかりでも。

庶民の生活には慣れないことだらけだとも思うから。


でもそこに、あなたの心からの笑顔さえあれば。