「俺は、トラちゃんだから」
「…トラちゃん…?」
「そう。きみが価値を知って売ることができなかったように、俺もね…、ここの人間からすれば同じなんだよ」
私は、私が使えるものをすべて今日は持ってきた。
「あなたを私が、買います」
「……かう…?」
「はい。身請けとは言いません。緋古那さんの人生は緋古那さんのものだから……そのあとの人生はあなたが決めていいことです」
は、と、軽く笑いたかったつもりなのだろう。
思ったようにできず泣きそうになったから、やめた。
緋古那さんは言葉にならない気持ちをそんなもので私に伝えてきた。
「私はただ、あのときの幸福を返したいの」
と、言い終わったとき。
今まででいちばん激しい口づけが降ってきた。
私の思いも言葉も音もぜんぶぜんぶ飲み込んでしまうような口づけが。