「水月はいつも須磨ちゃんに会いに脱走していたから、そんなにいいのかって…。試しにね、俺も真似てみたんだよ」
それが14歳の頃。
掟だけは守ってきた人生で、初めての反抗。
誰かにバレたなら水月さんのせいにする気持ちで楼を抜け出したひとりの少年の前に。
「ほんの10歳ほどの子がね、膝を抱えて今にも死にそうで。俺は1度、ここに戻ってきて…さ」
ほんとうは最初に見かけたのは朝方だったという。
1度、ここに戻ってきた彼は握り飯と鋏を用意して、再び頃合いを見て今度は夜。
そのときまで少女が同じ場所にいたら声をかけてみようと決めていたキツネさんは。
「…でも、いなかったから。焦った」
だからあのとき、あなたは息を切らしていたんだ。
飄々と現れたように見せながらも、キツネのお面を被った不思議なひとは肩を揺らしていた。
震える手で渡されたあの握り飯ひとつは、最初から私に渡すために持ってきていたもの。