着物を用意させた禿に「戻っていい」と伝え、私たちふたりきりに。
すると水月さんは当たり前の動作で化粧道具を手にし、私の顔へと伸ばしてくる。
「きょ、今日は何かあるんですか?」
「動くな。ひどい顔になるぞ」
私が綺麗にされているだなんて。
良質な着物を着て、化粧まで。
まるで芸者のように変身させられている。
これが水月さんがしたかったこと……?
緋古那さんのために…?
「今日は緋古那が生まれた日だ」
「…え、」
「本人は忘れたふりをしているだろうがな」
まさかそんなにも大切な日だったとは。
忘れたふりだなんて、どうしてそんなことをする必要があるんだろう。
誕生日といえば、先ほどもキツネさんの切ない生い立ちを聞いたばかりだ。
キツネさん。
ううん、寅威さん。
今宵は月が綺麗に満ちています。