キツネさんから貰った握り飯ひとつで幸福を与えられた私が言うのだから、そこは疑ってはもらいたくない。



「……狐のお面を取り付けていた少年の話でもしようか」



その少年のことを俺は知っている。
小さな頃から知っているよ。

かなりの変わり者で、よくわからない奴だった───、


他人口調で言うには不器用すぎる。


私には緋古那さんが自己紹介をしているものかと思った。



「その少年はね、かつて吉原で伝説と謳われた女郎が産んでしまった赤子らしいんだ」


「…伝説……、その方は花魁だったんですか…?」


「…そうだね。夕霧(ゆうぎり)という、声を聞いただけで金が払われるほどの価値ある女だったと」



夕霧……。


そういえば、私がこの場所で熱を出してしまって一夜を過ごしたとき。

目覚めた部屋の壁に、ひとつの掛け軸があったような気がする。


芸者が描かれたそれは、端に小さく“夕霧”───と。