『待ちな須磨っ!!』
須磨なんて名ではない。
そんな名前、いらない。
ここだったなら、すぐ隣にある男ばかりの裏吉原のほうが楽しいかもしれないと。
そう思って、せめて男になりたかったのだろう。
その頃の私は。
『……なに…、してるの…?』
『………だれ、おまえ』
男のふりをして、ぶっきらぼうに言う。
裏吉原までの道は知っていたけれど、大門から行ったなら下男に見つかって戻される。
それならと裏道を通った私は、そこでひとりの男の子に出会った。
背丈は自分のほうが高く、自分のほうが覇気も勇気もありそうで、私はつい背伸びをするように『おまえ』なんて使った。
『ここは女の子が入ったらいけないんだ』
『………おれは男だぞ』
『ちがうよ。女の子だ』
自分と同い歳ほどのそいつは、私のガタガタな髪を見たって見破ってきた。
髪を切る行為はなかなか勇気がいることだったため、悔しくなってドンッと押して、そのとき私は走った。