スチュワートは、実の母のことは余り話さなかった。
 1歳になる前に、離縁された母親だ。


「あのひとの思い出なんて、何もないよ。
 俺にとっては、母親はジュリア・アダムスだから」


 その言葉の通り、彼が「母上」と呼び掛ける継母のジュリアとの関係は、本当に円満だった。
 ジュリアは精神的に落ち着いた、暖かな母性を持った人で、実子のレナードと同様に継子スチュワートにも愛情を注いだ。
 そして嫁のミルドレッドにも優しかった。


 スチュワート自身にも実母メラニーの記憶はないし、離婚の際に使用人達も全員入れ換えたので、彼に母のことを教える人間もいなかったと聞いた。
 だから現在この家を支えている家令のハモンドにしろ、侍女長のケイトにしろ、メラニーのことは何も知らないらしい。



「奥様、お待たせ致しました」

 慌ててやって来たハモンドが頭を下げた。
 仕事を途中で切り上げて来てくれたのだろうか。

 それを申し訳なく思うが、ひとりでは対応出来ないと思った。
 ハモンドが来てくれたので、少し落ち着いた。


「貴方には先に伝えておくわね。
 連れてきた女の子の名前は、メラニーと言うそうなの。
 この名前だけはご存知でしょう?
 旦那様のお母様のお名前よ」

「……左様でございますか」

「もし……カールトン様か叔父様を呼びに行く事態になっても、この事は先にお伝えしておいてちょうだい」


 彼等にも、先に教えていた方が驚きも少ないと思った。
 ミルドレッドは招いてもいない来客に、こちらの動揺は見せたくなかった。
 ……そこにつけこまれそうな気がしたからだ。