もうミルドレッドは、レナードの名前さえ口にしなくなっていた。
 レナードを『あの方』と呼び、サリーについては何も話さない。


 今ではミルドレッドとレナードの再婚話は、邸内では使用人達にも知られてしまっていた。
 そのことでふたりが口論して、そのまま交流しなくなったことも。



 応接室へと続く廊下を、背筋を伸ばして歩くミルドレッドの後ろ姿をケイトは眺めた。


 19歳で、お嫁入りしてきて。
 少女のような若奥様だった。
 それがあっという間に奥様になって、母になって。
 若様から旦那様になられたスチュワート様に甘やかされて大切にされた、よく笑うふわふわしたひとだった。


 それがあんな形で旦那様とお子様を失って。
 どうなることかと心配していたら、今度は強い女性の顔を見せるようになってきた。


 伯爵夫人としての自覚が芽生えたのは頼もしい限りだが。
 すっかり笑わなくなった奥様が余りにも無理をしているようで。
 いつか、その伸ばした背筋が折れませんようにと、祈るしか出来ないケイトだった。




 ミルドレッドは、応接室の扉の前でハモンドが来るのを待った。
 こんな時、彼女の予感は当たる。


 女が連れている幼児の名前が、スチュワートの母の名前であることが、彼女の不安を掻き立てた。


 それは、確かに。
 良くない予感がしたからだ。