聖誕祭に食べる伝統的なデザートのミンスパイは、ミルドレッドの亡き夫スチュワートの好物だった。

 そして、もうひとり。
 貴方の好物は? と尋ねられたイアンがミルドレッドに答えたのも、ミンスパイだった。


 ……その偶然は、神からの啓示だったのか。



 この春のイアンの叙爵の話を聞いて。
 とうとうこの時が来たのだと覚悟した。
 悩みながら、今年の聖誕祭にはミンスパイを焼こうと決めて、ユリアナに相談した。


 料理が得意とは決して言えないミルドレッドが作る代物を。
 それがどんな出来であろうと、『美味しい』と平らげてくれるのがスチュワートなら。
 もっと美味しくなる方法を一緒に考えてくれるのがイアンだ。


「畏まりました、本番の聖誕祭に向けて、特訓ですよ!」

 腕まくりして見せたユリアナの本気が、嬉しかった。



     ◇◇◇



「着いて早々に、なんだけれど。
 散歩にでも行きませんか?」


 ジャーヴィスは出掛けていて、キャサリンに挨拶だけ済ませると、イアンはミルドレッドを散歩に誘った。
 愛馬にくくりつけた、荷物も降ろさずにだ。


 これは多分。
 もしミルドレッドへの求婚を断られたら……
 イアンはその足で王都へ帰るのだろうと、思われた。