それは少しの間だったかもしれないが、ミルドレッドを震え上がらせるには充分な間だった。
 生まれて初めて男性を本気で怒らせたことに、ようやく彼女は気付いた。
 彼女の言い訳など、彼は拒否するだろうと分かった。


「ミルドレッド・マーチ。
 お前は自分だけが被害者だと思っているんじゃないか?」


 普段呼ぶミリーではなく、ミルドレッドと。
 アダムスではなく、旧姓のマーチと。
 叔父のリチャードのように大声を出しているわけでもないのに、レナードの静かな物言いが怖かった。


 お前なんて、スチュワートは勿論、義理の父や実家の父からも兄からも。
 あの尊大なリチャードからさえも、言われたことはなかった。
 お嬢様育ちのミルドレッドにとっては、もうそれだけで頭を殴られたほどの衝撃だ。



「……あ、あの……」

「一番の被害者はな、俺の妻になるはずだったサリーなんだよ。
 お前は前と変わらず、領主の妻で伯爵夫人だが、サリーは妻だと呼ばれなくなった。
 これからは、領主の愛人だ、妾だ、と後ろ指を指される。
 その辛さがお前に分かるのか?」

「だっ、だから……わたしは貴方は……サリー様と結ばれるべきだと……」