隣の席の徳大寺さんは、少し変わっている。

 そんな徳大寺さんが入部してくれたおかげで、錦鯉クラブは同好会から部へと昇格した。部長としてすごく嬉しいし、これまで以上に有意義な活動をしなければと身が引き締まった。

硬骨魚網(こうこつぎょこう)コイ目コイ科コイ属……コイの嵐ね」

 学校の中庭にある池で気持ち良さそうに泳ぐ鯉たちを眺めながら、徳大寺さんが呟いた。
 僕たち錦鯉クラブの活動内容は、この立派な錦鯉たちの世話をすること。そして品評会に出して、賞を獲得するのが目標だ。

「錦鯉クラブに入部したおかげでここへ入れたけれど、とても落ち着く場所よね」
「そうでしょ。池作りから始めて、ようやくここまで環境を整えたんだ」

 中庭へ続くドアには、通常カギがかかっている。入れるのは、先生達と錦鯉クラブのメンバーだけ。高価な錦鯉が盗まれたり悪戯されたりしないための対策だった。

「謙介くん、ひとりで頑張ったのね」
「僕だけじゃないよ。鯉川先生の情熱があったからなんだ」

 そう。この錦鯉クラブは、錦鯉をこよなく愛する鯉川先生と僕の、たった2人で立ち上げた。
 入部する人が誰もいなくてずっと鯉川先生とマンツーマンで活動していたけれど、これからは徳大寺さんも一緒だ。そう考えると、僕の胸は高鳴るばかりだった。

「鯉川先生の錦鯉にかける情熱は、もはや大きな愛だからね」
「鯉が……恋が、愛に変わったのね……わ、私たちの関係もいつか……」
「鯉が鮎に?徳大寺さんは、鮎も好きなの?」
「え?そ、そうね。鮎は“清流の女王”ですもの」
「そっかぁ。でも錦鯉と鮎の混泳は難しいと思うんだよね。それに鮎は遊泳範囲が広くて活発だから、狭い場所だとストレスになるだろうし……一旦、鯉川先生に相談を」
「け、謙介くん。いいのよ。鮎を飼ってほしいわけじゃないから。忘れないで。私達は、錦鯉クラブなのよ」

 徳大寺さんが、右手を力強く握りしめる。
 仲間ができたことを改めて嬉しく感じて、僕は思わず徳大寺さんの右手に自分の両手を重ねた。

「そうだね、そうだよね。僕達は、錦鯉クラブだもんね。錦鯉だけに愛と情熱を注がなきゃね」

 やっぱり、徳大寺さんは変わっている。
 その真っ赤に染まった頬は、池の中を元気に泳いでいる紅白の錦鯉「二階堂べにまる」にそっくりだと思った。