隣の席の徳大寺さんは、少し変わっている。

 彼女はいつも、人が考えないようなことばかり考えていた。僕にはそれが、とても魅力的に感じる。
 放課後、図書館へ行くと、今日はいつもの席で熱心にノートを見つめていた。

「ゲシュタルト崩壊の実験をしていたの」
「ゲシュタルト崩壊?」
「普段、文字や図形をちらっと見たとき、それが何の文字、何の図形なのかは一瞬で判断できるでしょう?でも、これを持続的にずっと見続けると、全体的な形とかを認知する能力が低下してしまうの。これってこんな字だったっけ……?って思ったこと、ない?」
「ああ、そういえば、分からなくなる時あるね。それがゲシュタルト崩壊って言うんだ」
「そうなの。でも私は、それを感じたことがなくて……どうしたら私のゲシュタルトが崩壊するのかなって思って、ひたすらノートに文字を書いていたのよ」

 そう言って見せてくれたノートは『志布志市志布志町志布志志布志市役所志布志支部』という文字で埋め尽くされていた。

「なんていうか、すごい志だね」
「これを見るとゲシュタルト崩壊が起きるって聞いたんだけど、全然で……」
「そっか。他の字の方がいいのかな?」
「例えば?」
「うーん……これとか?」

 僕は、ノートに『橘』という字を何個か書いてみた。

「それは何があっても崩壊しない自信があるから、別の文字で試しましょう」

 徳大寺さんは、きっぱりと言った。 ちなみに『橘』は、僕の苗字だ。
 結局それから、徳大寺さんのゲシュタルト崩壊実験にしばらく付き合うことになった。

「あ、きたかもしれない。ああ、これがゲシュタルトが崩壊していく感覚なのね」

 やっぱり、隣の席の徳大寺さんは、少し変わっている。
 いろいろ試した結果、「の」で埋め尽くされたページを見て、やっと徳大寺さんが歓喜の声を上げた。