そう言って笑ったのは、三年生の春川千束(はるかわちさと)。バドミントン部の部長として部員に慕われている。暖もその一人だ。

「ねぇ、今からお花見をしよう!サンドイッチをたくさん作っちゃって、一人じゃ食べ切れないんだ」

暖の腕を掴んで千束は走り出す。暖は「えっ?」と戸惑いの声を上げたものの、千束の足は止まることがない。

暖は窓の外を見た。風が吹いたのだろう。窓の外には桜の雨が降っている。暖は窓の外から前を走る千束に視線を戻す。手はしっかりと掴まれたままで、そこから千束の温もりが伝わってくる。

(俺、今日で運を使い果たしたかも……)

胸を高鳴らせながら暖は思った。



暖が千束に連れて行かれたのは、先程彼が妄想してしまっていた校庭の隅にある桜の木だった。満開の桜の木を見上げ、千束は「綺麗〜!」と笑う。その笑った顔は年相応の少女に見えた。

「綺麗ですね」

花ではなく、千束を見つめながら暖は言う。千束は暖の方を見た後に悪戯っぽく笑った。