「イヴもイヴだ。なんでもかんでも伝えればいいというものではないだろう」
「あっ、耳がピーンと……」

 しかし残念ながら、こちらも別のことに気を取られているため、兄役の言葉はまったくもって響かない。
 というのも、キスして、なんていうイヴの不意打ちに驚きすぎたせいで、ウィリアムの頭からはフサフサのオオカミの耳が飛び出してしまっていたのだ。
 もちろん、尻尾もである。

「ウィリアム様、世界一かわいい……モフモフさせてください」
「イヴ? こら、少しは私の話をだな……」

 ウィリアムの背中をさすっていたはずの両手を伸ばし、イヴは彼の耳に触れようとする。
 兄役らしく説教を続けようとしたウィリアムも、懸命に爪先立ちをして手を伸ばしてくる彼女を見てしまうと、目尻を下げずにはいられなかった。
 結局は腰を折って、カウンターの向こうに頭を差し出している。
 そんな王子殿下の後ろ姿を、『カフェ・フォルコ』の側を通りかかった人々は、いつものことながら微笑ましく見守っていた。

 殿下の尻尾、今日も元気いっぱいブンブンしてるなー、と。