「イヴに手が届く距離まで近づくな──そう命じられたのを忘れたのか」
「し、しかし……近づいてきたのはその娘の方で……」
「理由の如何を問わず、と陛下は申されたはずだが?」
「うぐっ……」

 ここでようやく、先ほど階段を駆け上がっていった衛兵が戻ってきた。
 彼がウィリアムに知らせたのだろう。
 その衛兵に場所を譲って、ふらりと立ち上がったのはメイソン公爵の長男エリアス。
 彼をちらりと一瞥してから、ウィリアムは静かな声で言う。
 
「私は、個人の主義主張に口を出すつもりはない。メイソン家の純血回帰主義も、悪と断じることはないだろう」

 腕に抱き込まれていることで、その声が耳からだけではなく身体を振動して伝わってくる。
 彼の温もりが、巨漢にぶたれそうになったことで跳ね上がっていたイヴの鼓動を宥めてくれた。
 ウィリアムは返事もできない相手に、しかし、と続ける。
  
「その主義主張が誰かの犠牲の上でしか成立しないものであるとしたら──私は、看過することはできない」

 そうして、衛兵達に下がるように言うと……

「──立て」

 メイソン公爵に向かって厳かに命じた。

「振り返らず、口を開かず、このまま城を出て屋敷へ戻れ。貴様への沙汰は、陛下ではなく、新たなメイソン公爵より下るだろう」

 その言葉にはっとしたメイソン公爵が、傍に立つ息子を見上げて口を開きかける。
 しかし、ウィリアムはそれを許さなかった。

「──去れ。これ以上の無様を晒すな」

 これが、最後となった。