「その生意気な口をきけなくしてやる──!!」

 メイソン公爵の左手が、イヴの胸ぐらを掴んだ。
 いつぞや逆上したダミアンがそうした時とは、比べ物にならない乱暴さで。
 さらには、イヴのまろやかな頬をぶとうと右手を振り上げ──




「──口がきけなくなるのは、貴様だ」




 しかし、それが振り下ろされることはついぞなかった。
 メイソン公爵の右手を、宙で掴んだものがあったためだ。

「イヴに、触れるな」

 ぞっとするような声でそう言ったのは、ウィリアムだった。
 間一髪駆けつけた彼は、メイソン公爵の左手をイヴの胸ぐらから叩き落とすと、捕まえていた右手を軸に相手の身体を放り投げる。
 衛兵が束になって必死に抑えていたものを、片腕一本であっさり制してしまったのだ。
 ドッと地響きを立ててひっくり返った巨体に、すかさず衛兵達が飛びついて押さえにかかる。
 我に返ったメイソン公爵が喚こうとするが──

「──黙れ」

 ウィリアムが鋭く一喝すると、とたんに口を閉ざしてしまった。

「陛下の命に背いたな、メイソン公爵」
「で、殿下……」

 ウィリアムはイヴを片腕に抱え、地面に這いつくばった相手を冷ややかに見下ろす。
 先ほどまでの威勢はどこへやら、メイソン公爵は小さくなって震え出した。
 彼も力のある先祖返りだからこそわかるのだ。
 どうあがいても、ウィリアムには敵わないということが。