「ちょっ、ちょっと? ちょっとちょっと!? 何を……」
「公爵閣下は私に御用のようですので、お話ししてまいります」
「えっ!? いやいやいや! 危ないよ! だめだって!」
「飲み終わったカップはカウンターに置いておいてくださいね」

 イヴを引き止めようにも、触れるどころか近づけないダミアンはおろおろするばかり。
 その間に、イヴはエプロンドレスもヘッドドレスも付けたまま、とことこと玄関の方へ歩いていってしまった。
 そうして、何人もの衛兵をぶら下げた巨漢に、平然と声をかける。
 
「公爵閣下、ごきげんよう」
「なにが、ごきげんようだ! ふざけるな! どこの馬の骨とも知れない女の子供が……」
「五十回目」
「──は!? 何だがっ!!」

 衛兵達──特に、イヴの警護をウィリアムから任されたオズも、メイソン公爵家の後継エリアスも、大慌てで離れるように訴える。
 しかし、イヴは背筋を伸ばして王宮玄関に立ち塞がった。

「どこの馬の骨とも知れない女の子供、と閣下に言われた回数ですよ。さっきのが四十九回目で、今のが五十回目です」

 訝しい顔をする相手に向かい、彼女は毅然と続ける。

「最初は一歳の時。兄の王立学校の入学式でしたね。その次は、ロメリア様の二歳のお誕生日パーティー、ウィリアム様の七歳のお誕生日パーティー。それから、当店のカウンター越しに二十一回、庭で鉢合わせして十三回、馬車の窓から十回、それから──父の葬儀の時」

 記憶力がいいというのも考えもので、いい記憶も悪い記憶もイヴの中には鮮明に残っている。
 自分を罵るメイソン公爵の口調も表情も、その時の周囲の反応も、自身が覚えた気持ちも、何もかも全て。
 それを踏まえた上で、イヴは続けた。