王宮一階正面玄関は、この時騒然となっていた。
 今朝早く、議席剥奪の通達を受けたメイソン公爵が、それを不服として押しかけてきたのだ。
 とはいえ、これは想定の範囲内。
 玄関を守る衛兵が集まって、彼の侵入を阻止していた。
 メイソン公爵が城に入ることを制限する理由はないが、彼は国王陛下から『カフェ・フォルコ』への接近禁止を申し渡されているため、店からほど近い場所にある正面玄関は利用できないのだ。
 また、ウィリアムが直々に手配した信頼のおける衛兵──いつぞやイヴが侍女との仲を取り持ったオズ・ウィンガーも、『カフェ・フォルコ』の側で警備に当たっている。
 玄関にはすでに何人もの衛兵がいるため、オズの出番はないかと思われたが……

「ダミアンさん、ほら、モフモフですよ。お好きでしょう?」
「いや……あれは、ちょっと……」

 実は、現メイソン公爵もオオカミの耳と尻尾を持つ先祖返りだ。
 ただでさえ常人より力が強い上、獣の耳が大好きなダミアンでも食指が動かないような、筋骨隆々とした恵まれた体格をしている。
 そのせいで、心なしか衛兵達も押され気味だった。

「あいつのような、どこの馬の骨とも知れない女の子供を王宮でのさばらせておいて、由緒正しきメイソン家を排除しようなどと──いったいどういう了見だっ!!」
「ち、父上っ……どうか、落ち着いてください! これ以上問題を起こしてはっ……」
「黙れ! この、できそこないが! 後継のお前がそのように気弱だから、舐められるんだっ!!」
「……っ」

 一方、メイソン公爵に罵声を浴びせられつつも、衛兵と一緒に彼を止めようとしている身なりのいい男性は、本妻が産んだ長男エリアス・メイソン──ルーシアの腹違いの長兄だ。
 父親に似ず優しげな面立ちの男だが、あいにくオオカミ族の特徴を持ってはいない。
 偏った考えに縛られるメイソン公爵家において、嫡子にもかかわらず彼がどれほどの辛酸を舐めさせられているのかと思うと、直接親交のないイヴでさえ胸が痛んだ。
 埒が明かないと判断したのか、衛兵の一人が上役に知らせようと大階段を駆け上がっていく。

「イヴさん、カウンターの中にいてくださいね」

 見かねたオズがそう言いおいて、メイソン公爵を阻止する同僚を加勢しに行った。
 いやはや、大変だなぁ、なんて他人事のように呟きながら、優雅にシナモンコーヒーを飲んでいたダミアンは、次の瞬間ぎょっとする。
 オズの忠告にもかかわらず、イヴがカウンターの外に出てきたからだ。