「──王宮から出ていけっ!!」



 突然響き渡った罵声に、人々はぎょっとして立ち止まった。

 十時、王宮一階大階段脇。
 一時間前に開店した『カフェ・フォルコ』には、本日も店長代理のイヴが立っていた。
 この前日、一月ぶりに帰国した店長オリバーは、旅先で手配していた荷が届いたために席を外している。
 荷の中身は、言わずと知れたコーヒーの豆──アンドルフ王国の要人達の試飲を経て、期間限定で『カフェ・フォルコ』の品書きに加わることになった、新しい品種だ。

「お待たせしました。シナモンコーヒーでございます」

 湯気を立てるカップをカウンターに置いて二歩後ろに下がったイヴは、罵声が聞こえた王宮の玄関に目を遣る。
 カップの中身は、豆と一緒にシナモンを挽いて淹れたコーヒーで、注文者はイヴが離れたのを確認してからそれを手に取った。

「なんだ、あれ。騒がしいな……」

 カップに口をつけつつ、イヴの視線の先を訝しげに見るのは金髪碧眼の優男、ダミアン・コナー。
 二股騒動にイヴを巻き込んだ末、彼女の胸ぐらを掴んだところをウィリアムに見咎められ、一晩留置所に放り込まれた、あのダミアンだ。
 その後、一連の関係者に真摯に謝罪したことでひとまずはお咎めなしとなったものの、ウィリアムからはイヴに手が届く距離まで近づかないよう言い渡されている。
 それでも、週に三度は『カフェ・フォルコ』に顔を出すのは、彼が純粋にイヴの淹れるコーヒーを気に入っているからだ。
 この日もウィリアムの命に従って、イヴからは距離をとりつつをシナモンコーヒーを堪能していたダミアンだが、なおも続いた罵声にそれを吹き出しかけた。

「そこの小娘! 聞いているのか! おい、お前だ──イヴ・フォルコ!!」
「──げほっ……イ、イヴさんに言ってたのか!? って、あれ、まさか……」
「その、まさかですね──メイソン公爵閣下です」