「──ってことがね、あったんですよ」
「あらまあ、ヒバート卿にも困ったものですわねぇ」

 ついさっき目撃したヒバート男爵父娘のやりとりを伝えると、カゴいっぱいのビルベリーを選別していた王妃様が小さくため息を吐いた。
 王妃様の部屋は、書斎のベランダがハーブ園へと繋がっている。
 その中に建てられた小屋には、王妃様が自ら育てたさまざまなハーブや、それから作られた薬の瓶などが所狭しと並び、さながら魔女の家のようだ。
 小屋には簡易のキッチンも設置されており、私は子ネコ達を肩や頭に乗せてハーブオイルを作る手伝いをしていた。
 今回使うのは、乾燥させて細かくしたラベンダーの花だ。これにオイルを注ぎ、三十分ほど湯煎する。
 レードルでそれをかき回す私の右手に合わせて、子ネコ達の首の動きが見事にシンクロしていた。これぞ、シンクロニャイズド。
 一方、王妃様はビルベリーをジャムにするらしい。

「ヒバート卿も、昔はそう悪い方ではありませんでしたのにねぇ。奥様との仲がうまくいかず、彼女がメルさんを置いて生家に戻ってしまってから、すっかり卑屈になってしまわれて……」

 人には誰しも事情があるものだ。
 功利主義の店長にも、クレーマーを押し付けてくる先輩にも、見て見ぬふりをする同僚にも。

(私にとっては味方じゃなかったあの人達にも、あの人達なりの事情があったのかもしれない……)

 ただ、猫への迷惑行為に及んだ客だけは、どんな事情があっても許せないが。

「ロメリアさんがメルさんを気に入って側に置くようになりましたら、今度は野心に火が付いてしまいましたのね。ミットー公爵家に取り入ろうと必死になっていらっしゃると聞いておりますわ」

 そう王妃様に憂いを抱かれているヒバート男爵が今、最も期待を寄せているのが、ロメリアさんがミケと結婚することだという。
 これによりミットー公爵家の権力がさらに増せば、遠縁であるヒバート男爵家もそのおこぼれに与れるかもしれないと考えているのだ。
 私は、ミケとロメリアさんのツーショットを思い描いて、ほうとため息を吐いた。

「ミケとロメリアさんが、結婚かぁ……それは、すんごい美男美女カップルになりますね」
「あらまあ、おタマちゃんったら! ミケランゼロが他の子と結婚するかもしれないと聞いての感想が、それですの?」

 私の言葉に、王妃様は何やら不服そうな顔をする。
 それに首を傾げていると、ふいに軽快な笑い声が上がった。