『ええいっ! 静まれぇ、静まれぇ、静まれえええいっっっ!!』

 私とミケの間に挟まっていたネコが、ぬるんっと抜け出して叫ぶ。
 ネコはミケの肩によじ登り、彼の後頭部に前足を置いて立ち上がった。
 にゃおーん! と高らかな鳴き声が響き渡り、おおっ! とあちこちから歓声が上がる。

『愚かな人間どもめ! 珠子の貧相な毛並みではなく! 我の! この! フサフサを! 見よーっ!!』

 お腹にくっ付いていた子ネコ達も加わって、にゃごにゃごにゃー! ミーミーミー、と大合唱が始まった。
 ちょうど玄関ホールに差し掛かっていたものだから、吹き抜けの高い天井にネコ達の声が響き渡る。

「ネコちゃんかわいい……尊い……」
「モフモフも、鳴き声もすばらしい……」
「あの前足で殴られたい……」

 承認欲求モンスターのおかげで、人々の関心は一瞬にして私とミケから逸れてくれた。
 うっとりとした顔で見上げてくる人間達を眺め、ネコはひげ袋を膨らませて得意げな顔をする。

『ぬわーはははは! 我と子らの尊さにすっかりやられておるわ! ちょろい! ちょろすぎるぞ、人間っ!!』
「いや、頭の上でにゃーにゃーうるさいし、しっぽが邪魔なんだが?」

 頭を踏み台にされた上、フサフサのしっぽで横面をベシベシ叩かれ、さすがにミケが抗議の声を上げる。
 それでもネコを振り落とさない彼の寛大さに感心しつつ、私はふと疑問を覚えた。

「それはそうと、ミケはどうして、私がトラちゃんのところにいるってわかったんですか?」
「侍従長から聞いた。タマこそ、陛下から申し付けられたとはいえ、なぜ私に相談もないままトライアンと会っているんだ」
「相談したら反対されるかな、と思って。それに、トラちゃんのことも心配でしたし」
「反対するに決まっているだろう。タマはあいつに刺されたんだぞ。陛下も、何を考えていらっしゃるのやら……」

 憮然と呟きながらも、なおも擦り寄ってくるミケは、何やら大きな猫みたいだ。
 刺された時の痛みも恐怖も覚えていない私は、トラちゃんの年齢や生い立ちを思うと恨む気になんてなれない。
 一方ミケは、彼の事情を十分慮りつつも、それを理由に私の傷を蔑ろにすることはなかった。