「この王宮とて、必ずしも安全とは言えん」

 彼は胸の前で両腕を組み、視線をトラちゃんから宙に逃して続けた。

「戦争で傷ついた者や家族を失った者が、ベルンハルトにも大勢いるからな。彼らがラーガストに……その王子であるトライアンに憎しみを抱く権利を奪うことは、私にはできない」

 戦争を先に仕掛けたのは、ラーガスト王国である。
 その凶行が末王子の望むところではなかったとしても、ベルンハルト王国の人々は怒りの矛先を向けるだろう。
 ミケは深いため息を吐き、トラちゃんに視線を戻した。

「我々は、お前を生かすと決めてここに置いている。よって、もしもお前の命を脅かす者が現れれば戦わねばならない。それが……ベルンハルトの人間であったとしてもな」

 敵国の王子を守るために、同胞同士が戦う。
 ミケにとっては何としても避けたい事態であろうことは、確かめるまでもない。
 私は丸まったネコの背中を撫でながら、うんうんと頷いた。
 
「そっか……トラちゃんの軟禁は、トラちゃん自身を守るためでも、ベルンハルトの人達を守るためでもあるんですね」
「そういうことだ」

 そんな私とミケの会話を、トラちゃんはじっと黙って聞いていた。
 彼にも言い分はあるだろうが、それを必死に呑み込もうとする姿は見ていて苦しくなる。
 自然と唇を噛み締める私の横で、ミケはまたもう一つため息を吐いた。
 そして、近々伝えようと思っていたことだが、と前置きして続ける。

「トライアン・ラーガスト──お前の母親についてだが」