「全部しゃべって、スッキリしちゃった! 湿っぽい話を聞かせてしまったミケとネコには、申し訳ないですけど……」
「いや、元はと言えば、私がタマに尋ねたんだしな……って、ネコ! タマの鼻、舐めすぎだぞ! 赤くなっとるだろうが! タマも、やられっぱなしになってるんじゃないっ!」
『やーかましいわっ! 珠子がこの年まで享受し損ねた愛情は、我がまとめて与えてやるんじゃいっ! 珠子珠子珠子! ほれ、こっち向け! この母の愛をしかと受け止めよっ!!』 

 自分を挟んで言い合いするのがおかしくて、私は声を立てて笑う。
 何事だ、と言いたげに、馬がちらりとこちらを振り返った。
 
「珠子って名前……本当言うと、大嫌いだったんですよね。この名前のせいで、母に嫌われてしまいましたから」

 私の名前を連呼していたミケとネコが、うっと呻いて口を噤む。
 異世界転移に巻き込まれたこの体は、ネコの細胞が混ざり、髪色の変化や不思議な特性を得て生まれ変わった。
 世界と世界の狭間で、私は細胞レベルまでバラバラになって──

「この世界に来た時には服も全部消し飛んでて、残されたのは私の人生を狂わせたこの名前だけだったなんて……皮肉ですよね」

 馬は足を進めつつ、打って変わって静かになった主人とモフモフを気にしているようだ。
 私は、自分の前で手綱を握るミケの手と、上目遣いでじっと見つめてくるネコの毛並みを撫でて、でも、と続けた。

「この世界に来たら、ミケも、ネコも……ロメリアさんとかメルさんとかトラちゃんとか、いろんな人がたくさん名前を呼んでくれるじゃないですか。そしたら、何だかうれしくて……そのうち、自分の名前が好きになってきたんです」
「タマ……」
『珠子ぉ……』

 ミケとネコが、私を挟むようにしてぎゅっとくっついてくる。
 この世界では、もう孤独に苛まれることはないだろう、と私は確信めいたものを感じた。

「曽祖母も、きっと愛情をもって私にこの名前をくれたんだと思うんです。なので、これからもいっぱい呼んでくださいね、ミケ」
「ああ、タマ」
「ネコも」
『任せとけい、珠子!』

 やがて小麦畑が終わり、王都の入り口が見えてくる。

 ミケと一緒に無事に帰る、という国王様との約束を果たすことができた私は、馬上で胸を張った。