珠子と私に名付けたのは、海女をしていた父方の曽祖母だった。
 真珠のように美しく輝く娘であれ、という願いが込められているそうだ。
 小さい頃から、タマ、タマ、と猫みたいに呼ばれていたが……


「母には……一度も、名前を呼ばれたことがありませんでした」


 蹄の音と馬車の車輪の音で、私の話は密着しているミケとネコにしか聞こえていないだろう。
 そうであったほしいと思った。
 自分が実の母に愛されていなかったなんて、あまり人に聞かれたい話ではないから。

「……一度も、か?」
「はい、一度もです」

 ショックを受けたようなミケの問いに、私は頷く。
 ネコは珍しく無言のまま、ザラザラの舌で私の頬をしきりに舐めた。
 慰めてくれているのだろうか。

「曽祖母は、父方の一族のボスで──しかも、暴君でした。父も、彼女には逆らえなかったんです」

 父は母と二人で別の名前を考えていたにもかかわらず、曽祖母に命じられるままに出生届を提出してしまう。
 帝王切開で私を産んだ母が入院中の出来事だ。

「母は、曽祖母の独断で決められた〝珠子〟という名前も……それを付けられた私自身も、受け入れられなかったんです」
「……勝手に名前を決められて、受け入れられない気持ちはわかる。だが、それがなぜ、我が子まで拒絶する理由になるのかは、理解できんのだが……」
「きっとそれまでも、曽祖母関連で嫌な思いをしていたんでしょうね。そんな曽祖母に名前を付けられた私は、母の中では自分のものではなく、曽祖母のものという位置付けになってしまったんだと思います」
「……なるほど。やはり、理解できん」

 憮然とした様子で、理解できないと繰り返すミケに、私は苦笑いを浮かべる。
 ネコはまだ無言のまま、私の頬を舐めていた。
 ザラザラの舌に同じところを舐め続けられると痛いのだが、私はそれを拒もうとは思わなかった。