「僕はさ……別に、母さまを憎んでいるわけじゃないんだよ」
「えっ……う、うん……」
「でも、好きかって聞かれると……わからない。物心ついた時から、僕にとってあの人はお世話をしなくちゃならない人だったから……」
「そっか……」

 身分の高い者達がカタリナさんを踏み躙る一方で、現在彼女に付いているメイドの少女の母親のように、味方をする者がいなかったわけではない。
 しかし、彼らは悪気のないまま、幼いトラちゃんに呪いをかけた。

「お腹を痛めて産んでもらったのだから、母さまを大事にしないといけないってみんなが言ったんだ。だから僕は言われた通りにした。それ以外、どうしていいのかわからなかったから……」
「そう……そうだよね。そうするしか、なかったよね……」

 大人達に一方的に義務を押し付けられたトラちゃんは、母に尽くすばかりの幼少期を送った。
 そんな彼の献身を、親孝行の一言で片付けるのはあまりにも残酷で無責任ではなかろうか。
 しまいには、人質に取られた母のために、たった一人で敵本陣に突っ込まされたのだ。これを止められる大人がいなかったことが、トラちゃんの置かれていた状況がいかに異常であったかを物語っている。
 けれども……

「ねえ、タマコ。子供は、産んでもらったからって無条件で親を愛さなければいけないの? 何があっても、受け入れないといけないのかな……」

 ベルンハルト王国の捕虜となったことで母から離れた彼は、この半年の間に自我を得た。
 すくすくと伸びていくその背を、私は頼もしく思う。

「トラちゃんが、どうしたいのかで決めていいと思う。愛さないのも受け入れないのも、トラちゃんが生まれ持った権利だよ。誰も、それを取り上げていいはずがない」
「うん……」
「でも、もしもお母さんが勇気を出して歩み寄ってきたなって感じた時は……親とか子とかいうのはひとまず置いておいて、一人の人間として、話を聞いてあげてもいいかもしれないね?」
「ん……そうだね」

 カタリナさんにも言ったことだが、彼女とトラちゃんには、やり直すチャンスはまだあると思う。
 ただ、それをトラちゃん自身が望むかどうかはわからないし……