「ラーガスト近くの森で、猛禽類に食われそうになっていたレーヴェの幼獣を保護しましてね。このネコのように、実に愛くるしい子でした」
『ぬかせ、人間! お前の目は節穴か! 我ほど愛らしい存在が、そうそうおるわけなかろう!』
「まだ目も開いておらず、毎日二、三時間おきにミルクをやって育てたのです。その甲斐あってすくすくと成長し、最初はおとなしかったものですから、十分に手懐けられると思ったのですが……」
『ぶぁははは! バぁカめ、人間! さては、油断しおったなっ!』

 レーヴェについての話を聞きたいのに、間の手みたいに入るダミ声がとにかくうるさい。
 とはいえ、やはり私以外の人間には猫の鳴き声にしか聞こえていないため、今まさに罵倒されているミットー公爵さえもにこにこしながらその毛並みを撫で続けている。
 そんな彼がネコの毛だらけになった軍服の左袖を捲ると、前腕の真ん中に鋭利なもので抉られたような傷痕が現れた。

「首輪を新しいものに付け替えようとした際にこの通り、手酷く噛まれてしまいましてね。骨まで折れて大変でした」
『ぬわーはははっ! ざまぁっ! 人間というやつは、すぐに思い上がって調子に乗りよるわっ! 自分達が手のひらの上で転がされているとも知らずになっ!!』

 ぎゃはぎゃは、げへげへ、と聞くに耐えない声が続く。
 どう聞いても、悪役の笑い方だ。
 それに合わせ、ネコの腰付近にできた毛玉がピコピコ揺れるのが目に付いた。
 この後も、ミットー公爵がしゃべる、それを掻き消すネコの罵詈雑言、毛玉が揺れる、の繰り返しだ。

(いや、ネコのせいでレーヴェの話が全然頭に入ってこないんだけど!)

 さすがにイラッとした私は、視界で揺れ続けていた毛玉を掴んだ。
 そのまま、ブチブチッと毛が抜けるのも構わず力任せに引っ剥がすと、ふぎゃーっと悲鳴が上がる。