すいっと横に外れたその視線を追い、ここで初めて、トラちゃんは母カタリナさんが人質に取られていることに気づく。

「か、かあさま……?」
「トライアン……」

 彼の金色の瞳が、零れ落ちんばかりに見開かれる。
 母が自分をまっすぐに見て、さらには名を口にしたことで、正気に戻っているとわかったのだろう。
 前に踏み出そうとしてよろけたトラちゃんを、准将が慌てて支えた。
 トラちゃんが正気の母親と対峙するのは、いったいいつぶりのことなのだろうか。
 ところが、そんな母子の感動の再会に、マルカリヤンは容赦無く水を差す。

「一度だけ挽回の機会をやろう、トライアン。母親を死なせたくなかったら──この男を始末しろ」

 この男、と指し示されたのはミケだ。
 挽回の機会と聞いてピンときたらしいミケは、たちまち憤怒の表情になった。

「貴様か、マルカリヤン──貴様が、トライアンに私の暗殺を命じたのか!」

 最終決戦の折、総督府からほど近いあの丘の上に構えられたベルンハルト王国軍本陣に、トラちゃんは単身飛び込んできた。
 彼の目的は、父王に代わってベルンハルト側の総大将を務めていたミケを殺すことであり、それを命じたのはマルカリヤンだった。
 これを知って、ミケに負けず劣らず激怒するのは、彼の肩に陣取っていたネコだ。

『つまり、珠子が──我の娘が刺されたのは、貴様のせいじゃったんか!!』

 私を刺したトラちゃんに向かっていたネコの怒りが、即座にマルカリヤンへと矛先を変える。
 しかも彼は、前回も母カタリナさんを殺すと脅してトラちゃんを死地に向かわせたというのだ。

「せっかく武功を立てさせてやろうとしたというのに、失敗しおって」
「貴様……」

 悪びれる様子もない相手に、ミケが怒りに震える。その肩にいるネコも言わずもなが。

「そんな……トライアンがそんなことを……私のせいだわ。私が、不甲斐ないから……」

 知らぬ間に息子が辛い状況に立たされ、しかも自分を盾に取られて人殺しを命じられたと知ったカタリナさんも愕然とした様子だった。
 そんな母をまたもや人質にされたトラちゃんは、くしゃりと顔を歪めると、涙に濡れた声で叫ぶ。