「思い出せ、私の民よ。ここは、我らが祖国ラーガストであるぞ。この神聖な地に異国民をのさばらせて、本当にいいのか──いや、いいはずがなかろう!」

 二つの国の人々が入り混じった総督府の中は、たちまち緊張に包まれる。
 ピリピリとした雰囲気の中、マルカリヤンは止めとばかりに叫んだ。

「さあ、同胞よ! 己が手に武器を持ち、立ち上がれ! お前の隣にいる侵略者を倒し、我らの誇りを守るのだ! ともに、この地を取り戻そうではないか!」

 ラーガスト王国の人々は、それまで一緒に談笑していたはずの黒い軍服を着込んだ相手に鋭い目を向けた。
 一方、ベルンハルト王国軍もまた、相手が暴徒と化すのならば、これと戦わねばならなくなる。
 民間人に剣を向けるのは、彼らも避けたいところだろう。
 まさしく一触即発の状況となった、その時である。
 
「──みんな、待って! 待ってください!」

 突然、そんな声が辺りに響き渡った。
 誰かと思ったら、私が先ほど焼き菓子を届けた相手──あの老夫婦の孫だ。
 彼は、ちょうど門の側に止まったままになっていた荷馬車の荷台に駆け上がると、さらに声を張り上げた。

「僕の家族は戦時中、ラーガスト王国軍から略奪に遭いました! その時、助けてくれたのは、敵であるはずのベルンハルト王国軍だったんです!」

 それは、私とミケも老夫婦から直接聞いた話だ。

「──いや、違う! ラーガストだ、ベルンハルトだ、と今更言いたいわけじゃないんだ! 僕はただ、もう誰とも戦いたくない! 誰も失いたくない! やっと安心して飯を食い、眠れる日々が戻ってきたっていうのに……僕達の神を名乗る人が、どうしてそれを奪おうとするんだっ!」

 これを聞いたラーガスト王国の人々は、はっと我に返ったような顔をする。
 一方、私の頭の上ではマルカリヤンが舌打ちし、冷ややかな声で言った。

「あいつを黙らせろ」