その後、ラーガスト王国王太子マルカリヤン一派は、私達を人質にして三階にある長官執務室に移動した。
 ここで会議をしていると思われたミケの姿も、革命軍の代表や大佐の姿もなく、唯一残っていた若い武官は我が物顔で入ってきた敵国の王太子に圧倒されて固まってしまう。
 そのまま広いバルコニーへと出たマルカリヤンは、正門の方を見下ろして眉根を寄せた。

「ふん……荷に紛れて侵入した連中は見つかってしまったか」

 正門の側には荷馬車が止まっており、積み荷らしき藁の束が解かれた上に、数人の男達が縛られて座っている。どうやら彼らもマルカリヤンの部下だったようだ。

「まあ、いい。あいつらが囮になってくれたおかげで、こちらは手薄になってやりやすかったからな」

 総督府は騒然としていた。
 門は固く閉ざされ、ベルンハルト王国軍の黒い軍服を着た者達が慌ただしく走り回っている。
 彼らに加え、総督府の敷地内では、あの老夫婦の孫のように働き口を提供された若者達や、戦火で焼け出された老人や母子などといったラーガスト王国の民間人も大勢生活していた。
 ここは、かつて敵国同士であった者達が、お互いの中にある蟠りを押し殺しつつ、それでも平穏な日常を取り戻そうと奮闘している場所なのだ。

「そんな中で、戦争責任を問われるべきラーガスト王家の人間が──しかも、元凶の国王から軍の全権を任されていたっていう王太子が、この期に及んで何をしでかそうというの?」

 私はその不健康そうな横顔を、戦々恐々と見上げる。
 しかし、乱暴に掴まれた腕が痛くて顔を顰めていると、ネコがマルカリヤンの部下の顔面に飛び付いた。

『こらぁ、貴様! 我の娘は丁重に扱わんかいっ! 珠子は我が子最弱なんじゃぞっ!』
「は、はわ……ふわふわ……!」

 敵をもたちまちメロメロにしてしまう魅惑のモフモフ……恐るべし。
 おかげで私は腕を離してもらえたが、安堵するには早かった。
 ふいに胸の前に腕が回ったかと思ったら、有無を言わせず引き寄せられる。
 頭上から降ってきたのは、今まさに総督府の占拠を宣言した声だった。