丸まった私の背を、ミケがそっと撫でてくれた。
 ネコは私の膝に体を擦り付け、にゃあんとかわい子ぶった声を上げる。
 ツン、と鼻の奥が痛んだ。
 しばしの沈黙の後、ようやくカタリナさんが口を開く。

「……あなたは、だぁれ?」

 その口調はいとけなく、まるで少女のようだ。
 十数年正気を失っていたということは、もしかしたら彼女の精神はトラちゃんを産んだ辺りで時を止めてしまっているのかもしれない。
 カタリナさんは十五でトラちゃんを産んだという。ちょうど、今の彼と同じ年だ。
 私は、年下の女の子を相手にしているつもりで、答えた。

「私は、トライアン王子のお友達ですよ」
「……トライアンの、お友達?」
「はい。だから、彼が生まれてきてくれてうれしいんです。カタリナさんが、彼を産んでくれたことに感謝しているんです」
「かん、しゃ……? 私が、トライアンを産んだこと、に……?」

 私が大きく頷くと、カタリナさんはまた顔を覆って泣き出してしまった。

「そんなこと、初めて言ってもらった……! 兄さんでさえ、自分がのし上がるための駒ができたと喜んだだけだったのにっ……!」
「カ、カタリナ……すまない……」

 妹の言葉により、かつての己のクズっぷりを突きつけられた兄は真っ青になる。
 中尉とメイドの少女が彼に向ける目は、もはやゴミを見るようなそれだった。
 ネコはというと、床に座り込んだままの私の肩に駆け上がり、鬼の首を取ったように笑う。

『ぎゃーはははっ! 珠子が泣かせたー! おい、見たか王子? 今、珠子が泣かせたな!?』
「ち、違う! 私は、そんなつもりじゃ……」

 慌てて反論しようと顔を上げた私の髪を、ネコはクリームパンみたいな前足でかき回してぐしゃぐしゃにした。

『まあ、あの女が泣こうが喚こうが、我は正直どーでもよいがな! だが、我の子が──珠子が泣かされたなら、この母は黙ってはおらんぞっ!』
「それについては、完全に同意する」

 ネコが乱した私の髪を整えつつ、ミケも大真面目な顔で頷く。
 私は慌てて、わずかに滲んでいた涙をぬぐい、彼らに笑顔を向けた。


 早馬が、よくない知らせを持って総督府の門を潜ったのは、そんな時だった。