「トラちゃんのお母さんが総督府に保護されてるって話は、前にミケから聞いてたけど……」
『うむ……確か、あの小僧の軟禁部屋で、お前と王子が昼飯を食った日じゃったな』

 トラちゃんの母親カタリナさんは、王太子の侍女をしている時にその父親であるラーガスト国王に見初められてトラちゃんを産んだ。
 しかし、後ろ盾となる実家が地方領主であったため、身分の高い妃達にひどくいじめられて心を病んだという。
 そんな彼女が負の感情に塗れているのは、なんら驚くべきことではないが……

「それにしても……すごい量だね、ネコ。さすがにあれは食べきれないんじゃない?」
『たわけ! 任せろと言ったからには、今更できませんなどと言えるかいっ!』

 ネコはそう啖呵を切ると、私の腕からぴょんと飛び下りる。
 そうして、カタリナさんが座っている──ただし、私達の目には巨大な黒い綿毛が乗っかっているようにしか見えない、窓辺のソファへたったか駆けていった。

『見とれよぉ、珠子! 母が本気を出したら、このくらい朝飯前じゃあ!』

 にゃおん! と一つ高らかに鳴き、ネコが黒い綿毛の塊に突入する。
 そのまま、凄まじい勢いでそれを食べ始めた。

『ぬおおっ! これはまた! 濃厚な味わいじゃわい! 嫌悪感と! 絶望が! 凝り固まってっ……うひひひひっ!』
「ちょ、ちょっと、ネコ? 大丈夫なの!?」

 カタリナさんが何年も抱えていたであろう負の感情は、量だけではなく内容も相当なようで、元々ぶっ飛んでいるネコがさらにおかしなテンションになっている。
 とはいえ、負の感情が視認できない人には、ネコがカタリナさんにひたすら戯れついているように見えるのだろう。

「わあああ! いいなぁ! カタリナ様、いいなぁ! 私もネコ殿にハムハムされたいなぁ!」
「はわわわわ! おネコ様っ……尊い! モフモフしたぁああいっ!」

 固唾を吞んで見守る私の隣では、メイドの少女と中尉がメロメロになっていた。

『むぐうっ……さすがに! これは! 胃にもたれるぞいっ……!』