「あの、そちらのモフモフした動物と接すると、心が癒やされると伺ったのですが……」

 どうやら、ネコに接した者から話を聞いてわざわざ駆け付けたらしい。
 メイドの少女は縋るような面持ちで続けた。

「ぜひとも、癒やして差し上げてほしい方がいるのです。ネコ殿に、その方と会っていただけませんでしょうか?」
『よーしよしよし! どんとこいじゃあ! 我に任せろいっ!』
「えーっと……大丈夫みたいです」

 そうして、私とネコが案内されたのは、一階の奥まった場所にある静かな部屋だった。
 中に入ると、庭園に面した大きな掃き出し窓を眺めるようにソファが置かれている。
 同行した中尉が、声のトーンを落として私の耳元に囁いた。

「カタリナ・ラーガスト──ラーガスト国王の側室で……ベルンハルトの捕虜となっていた、トライアン王子の母君です」
「……っ!」

 予期せずトラちゃんの母親と対面する機会を得た私だが、思わず片手で口を覆った。
 うわっ! と叫んでしまいそうになったからだ。

『これはこれは……』

 もう片方の手に抱いていたネコも、両目をまんまるにした。
 トラちゃんの母親は、窓の方を向いてソファに座っているようだ。
 ようだ、と不確定な言い方しかできないのには訳がある。
 なにしろ、私とネコの目には──ソファに、巨大な黒い綿毛が鎮座しているようにしか見えなかったのだから。