「ラーガストの一般市民の声を聞く機会など、なかなかなかったからな。タマが攫われたのも、我々が崖から落ちたのも災難だったが、結果的には得るものがあった」
今回の私を巡る一連の騒動に関係し、ミケにはこの他にももたらされたものがあったという。
私がメルさんに連れ去られたと判明し、トラちゃんはミットー公爵家の三人も共犯ではないかと指摘した。
確かに、ミケとロメリアさんが結婚して利を得るのはミットー公爵家だ。
客観的に見て、トラちゃんの主張はもっともだった。
だが──
「私は、ミットー公爵家を信じるのに迷いはなかった。戦時中は、当たり前のように彼らに背中を預けていたことを思い出したんだ」
ミケはそう言って、左手を差し出してくる。
小麦畑の間を通っていた一本道が終わり、私達は森の中へ踏み込もうとしていた。
獣が出ると老夫婦から聞いていたこともあり、私は慌ててミケの左手に自分の右手を重ねる。
それをしっかりと握ってくれた彼は、木漏れ日に眩しそうに目を細めて続けた。
「私の周りには、優秀な先達も仲間もいる。彼らを信じ、頼ることができたからこそ、私は昨日、タマを追いかけられた──タマを救えた」
信頼していた相手に兄を殺されたことから、他人に心を開き切れなくなっている。それゆえ、一人で背負い込みすぎる傾向にある、と国王様と王妃様はミケを心配していたが……
「この半年、ひたすら気を張って勤しんできたが……何もかも自分一人で事足りる、とどこか驕っていたのかもしれない。その結果、隈を作ってタマを心配させていたのだとしたら……滑稽だな」
私が働きかけるまでもなく、ミケは自分で自分の危うさに気づけた。
そうして彼が浮かべたのが、自嘲ではなく、苦笑いであったことに、私は少しほっとする。
すると、眠ったと思っていたネコが、げっへっへっ、と意地悪そうに笑った。
『ようやく、己の青さに気づいたか。そんなんじゃから、あの公爵にヒヨコ呼ばわりされるんじゃい』
「ヒヨコ? ……ああ、嘴が黄色い年頃とか揶揄された、あれのことか?」
とたんに、苦虫を噛み潰したような顔になるミケに、私もたまらず噴き出す。
ミケがヒヨコ呼ばわりされたのは確か、ミットー公爵がレーヴェの幼獣を拾った話題になった時だ。
そういえば、彼を手酷く噛んだというレーヴェがその後どうなったのか聞いてなかった、と気づいた時だった。