「私の生まれ育った世界には、情けは人の為ならず、という諺がありましてですね……」

 老夫婦に別れを告げ、私達は一路総督府に向かって歩き出した。
 森までは、収穫が終わった小麦畑の間に一本道が通っている。
 収穫期が終わると、若者は町へ出稼ぎに行くのが古くからの慣わしのようで、時々すれ違う村人は年寄りばかりだった。
 私の呟きに、まずは腕の中のネコが反応する。

『なんじゃあ、それは。甘やかすとそいつのためにならんー、という格言か?』
「そう誤解されることも多いんだけどね。実際は、人に親切にすると、その人のためになるだけじゃなくて、巡り巡って自分のためにもなるよー、っていう意味」

 ちらりと隣を見上げれば、ミケも私を見下ろしていて目が合った。
 彼が、穏やかに笑って言う。

「情けは人の為ならず、か。我々が半年前に残していった小麦の種と同様に、友好の種もちゃんとラーガストに根付いていた……その恩恵を、私達は今回あの老夫婦から受け取ったんだな」
「はい。そう思うと、おばあさんが焼いてくれたパン……ただでさえおいしかったのに、何倍も何十倍もおいしく感じられますね」
『ふん……我は食えんから、どうでもいいがな』

 ネコがまた大欠伸をして、不貞寝するみたいに私の腕の中で丸くなった。
 ミケが毎日目の下に隈を作りまくって取り組んでいる戦後処理には、ベルンハルト王国自体の立て直しだけではなく、ラーガスト王国の復興も含まれている。
 ラーガストがこれ以上破綻して難民が押し寄せるのを回避するためとか、第三国の干渉を避けるためとか、少しでも賠償金を請求するためとかいう政治的な理由が主立ったものだ。
 だがミケ個人としては、なす術もなく戦争に巻き込まれたラーガストの名もなき人々を労りたいという気持ちもあったのだろう。
 だから、そんな名もなき人々である老夫婦の感謝の言葉に、ミケも少しは報われた心地になったに違いない。
 彼は晴れやかな顔をして言った。