『ぐっひっひっ、珠子ぉ? 母は、席を外した方がええかぁ?』
「──ふえっ!?」
耳元で聞こえたネコのダミ声に、私はぱっと瞼を開いた。
どうやら、うとうとしていたらしい。
いつの間にやらベッドに運ばれていて、その縁に腰掛けたミケが、仰向けに寝転がった私を見下ろしていた。
彼の顔からは、部屋を訪ねてきた時に張り付いていた疲労の色は薄まり、私はほっとする。
そんな中、ふいに頬に手を添えられた。
端整な顔が、鼻先が触れ合うくらいの距離まで一気に近づいてきて、私はドギマギしてしまう。
「ミ、ミケ……?」
『ぐへへへへ! こりゃあ、明日の朝は赤飯を炊かねばならんかもなっ!』
私から日本人的概念を摂取したであろうネコが、小躍りしながら何やら言っているが、かまっていられなかった。
私は瞬きも忘れて、目の前まで迫った青い瞳を見つめる。
ところが……
「──実にけしからん。タマは無防備すぎるぞ」
「……はい?」
ミケは突然ぎゅっと眉を寄せたかと思ったら、私を抱き起こして口を開いた。
「そもそも、こんな時間に男を部屋に入れるとは、どういう了見だ」
「えええ……どの口が……居直り強盗に、防犯が甘いって説教されてるみたいな気分なんですけど……」
「まったく、私だからよかったようなものの……タマなんぞ、簡単に頭からバリバリ食われてしまうんだからな」
「あれ? 今ってレーヴェの話、してましたっけ?」
元気を取り戻したミケは饒舌だった。
彼が、私が話していないことまで全部知っていて驚く。
傷痍軍人の慰問で町へ出たついでにトラちゃんへのお土産を買ったこととか、退役軍人のおじいちゃんに孫の嫁になってほしいと言われたこととか。
「いいか、タマ。私以外の男に、けして隙を見せるんじゃないぞ」
「は、はい……」
そんな私とミケのやりとりを、ネコがジト目で眺めていた。
そうして、くわわわーと牙を剥き出しにして大欠伸をすると、めんどくさそうに言うのだった。
『お前ら、もう付き合っちゃえよ』