ミケだった。

『んぎゃ……! こらぁ、珠子ぉ! お前、何度この母を吹っ飛ばせば気が済むんじゃっ!』
「いたいいたいっ……ご、ごめんって!」
「──タマ、どうした? 大丈夫か?」
「あっ、はい! だいじょう、ぶ……」

 私がいきなり起き上がったせいで後ろに吹っ飛んだネコが、怒って猫パンチをしてくる。
 物音が聞こえたらしいミケの問いに、とっさに返事をしてしまったため、居留守も寝たふりも使えなくなってしまった。

「ロメリア達に話を聞いた。中に入れてくれないか。少し、話をしたい」

 ミケは、私がトラちゃん襲撃事件の真相を知ってしまったと聞いて訪ねてきたようだ。
 扉越しに話せないということは、廊下に配置されている守衛には真相を聞かせられないということだろう。
 私は扉に駆け寄り、鍵を開けようとして──手を止めた。

「……私のことは、気にしていただかなくても大丈夫です。事情は理解しましたし……言いふらしたりはしません」
「そんなことを心配しているんじゃない。私が心配なのは、タマ自身の……」
「私は、大丈夫です。でも、今日は疲れたので、もう眠っていいですか……」
「タマ……」

 今顔を合わせてしまうと、ミケを詰ってしまいそうで怖かった。
 私は、ミケにとって信用に足る人間ではないのか。
 まだ他に、私にだけ黙っていることがあるんじゃないのか、と。
 自分のそんな姿を想像すると惨めで堪らないし……

(ミケを、困らせたくない……)

 ミケの役に立ちたいと思っていたはずの自分が、彼を煩わせてしまうなんて許せなかった。
 私は声が震えそうになるのを必死に堪え、扉を隔てた相手に向かって明るく装う。

「本当に、大丈夫なんです! 明日の朝には、絶対元気な顔を見せますので! ミケも疲れたでしょう? 早く休んでください!」
「……明日、朝一番に訪ねる。その時は、顔を見せてくれるんだな?」
「はい、約束します──おやすみなさい、ミケ」
「ああ……おやすみ、タマ」

 やがて、扉の向こうで足音が遠のいたのを確認し、私は鍵から手を離した。
 いつのまにか足下に来ていたネコが、そんな私を半眼で見上げて吐き捨てる。