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山越えは、予想外に難航した。
この地方は前日に雨が降ったらしく、土砂が道を塞いでしまっている場所が何箇所もあったためだ。
目的地に辿り着いた頃には、すっかり日が暮れていた。
とはいえ本日の宿泊場所は、戦時中は王都からの中継地として活躍したという、大隊規模の人員も収容できる大きな要塞だ。
おかげで全員が、小さいながらも個室を用意されている。
時刻は午後九時を回った。
私は、ロメリアさんやメルさんと一緒に湯を浴びてさっぱりしてから、トラちゃんと准将を加え、上官クラス用の食堂で夕食をご馳走になる。
同席するのはいつもの将官達が中心のため、ネコ達も当たり前のように入室を許された。
そんな中、ミケはミットー公爵とともに、要塞の責任者と会談中らしい。
「先ほど越えてきた山もこの要塞の管轄なのです。山道の復旧に関する相談をなさっているのでしょう」
そう説明してくれた准将を、妹のロメリアさんがじろりと睨んだ。
「まあまあ、お兄様。随分とだらしないお顔ですこと」
「えへへへ……だってー、チートが可愛いんだもーん」
ミットー公爵から預かったチートに耳たぶをちゅぱちゅぱ吸われて、准将はさっきからデレデレしっぱなしである。
『坊! 今日も一日馬に乗ってえらかったにゃ! ミットーさんの代わりに、おれが褒めてやるにゃん!』
顔面崩壊中の兄に、ロメリアさんがゴミを見るような目を向けた。
メルさんと苦笑いを交わす私の膝の上では、要塞を一回りして食事を済ませてきたらしいネコが大欠伸をしている。
一方、子ネコ達のターゲットは将官達だ。
「子ネコちゃん、今夜おじさんのベッドに来なーい?」
「ニャフ! ニャフフーンッ!」
額に向こう傷のある強面中将が子ネコを口説いている横では、メガネをかけたインテリヤクザ風の中将が今夜も元気に人語を忘れている。
「子ネコちゃんが見ててくれるなら、頑張ってピーマン食べる!」
「じゃあ僕は、ニンジン食べる!」
黒髪オールバックとスキンヘッドの仲良し少将二人組は、子ネコを囲んで小学生みたいな会話をしていた。
「ねえ、タマコ……あの大人達、大丈夫? すごく疲れているとか?」
「あはは……あの人達は通常運転だよ」
隣に座るトラちゃんはドン引きしているが、昼間の騒動が嘘のような和気藹々とした雰囲気に、私は食事が進む。
馴染みのない声が聞こえてきたのは、そんな時だった。