震える声で言い募る男をまっすぐに見つめ、ミケはぐっと頭を下げた。

「──すまなかった」
「で、殿下! やめて……やめてくださいませ! 頭を上げてくださいっ! 俺は、そんなつもりではっ……」

 男はついにトラちゃんを放り出すと、よろよろとミケの前に跪き、ナイフを地面に置いて深々と頭を垂れた。
 そのまま嗚咽を上げ出した背を、ミケがそっと撫でる。

「私は神ではないから、お前の父や兄を──この戦争で犠牲になったベルンハルトの民を生き返らせることはできない。私にできるのは、彼らが守ってくれたベルンハルトを一刻も早く立て直し、彼らが守りたかった者達が幸せに生きられる世を作る努力をすること、それだけだ」

 男からナイフを受け取ったミケは、彼を一度強く抱き締めると、その身柄を准将に預けた。
 それから、地面に転がったままだったトラちゃんを助け起こし、背中に付いた土を払ってやる。
 人々は再び静まり返り、元敵国の王子同士のやりとりを固唾を吞んで見守った。

「部下が無礼な真似をして、申し訳なかった」
「……彼の怒りはもっともなことです。僕は、死んで詫びるべきなのかもしれない」
「あなたは王子でありながら、たった一人で死地に向かわされたのだ。あなたもまた戦争の被害者だと、私は考えている」
「いいえ……父や兄を止められなかった時点で、僕もまた加害者です。ベルンハルトの皆様、僕が無力なばかりに、申し訳ありませんでした」

 トラちゃんが地面に座り込んだまま頭を下げたことで、武官達の間に動揺が走る。
 あまりにいじらしい姿に、一気に同情が広がった。
 トラちゃんが、武官達の息子くらいの年齢であることも影響しているだろう。
 ミケは彼を立たせると、その肩を抱き、声を明るくして言った。
 
「ラーガストが、いつかまた我らのよき隣人となる日がくると、私は信じている。そうなるようラーガストを導くのは、こちらのトライアン王子だ。我々は、いつかくるそのよき日のために、彼を確実に総督府までお送りしようではないか。──みな、よろしく頼むぞ!」

 御意! と見事に声が揃うとともに、盛大な拍手が巻き起こる。
 私も感動のあまり、夢中で手を叩いた。
 そんな私の頭を、騒動の間も優雅にお茶を飲み続けていたロメリアさんが無言でなでなでする。
 いつの間にか私の側に戻ってきていたネコは、盛り上がる人間達をどこか冷ややかに見つめていた。