「どうか、頼む。そのナイフをしまってくれ」
「しかし、殿下! ラーガストの……こいつのせいで! 俺の父は、兄はっ……!!」
「今一度冷静になって、自分が押さえ込んでいる相手をよく見てほしい。──お前から父や兄を奪ったのは、本当に彼か? お前よりずっと幼いその子が、元凶か?」
「あ……」

 ミケに言われた通り、自分が押さえ込んだ相手を見た男は、急に真っ青になった。
 そうしてブルブル震え出す彼に、ミケは静かな声で続ける。

「我々ベルンハルトは、ラーガストからの一方的な宣戦布告をきっかけに、多くの犠牲を強いられた。お前には──いや、全てのベルンハルトの民には、ラーガストを恨む権利がある。これは、決して否定しない」

 しん、と辺りは静まり返った。
 別々の場所にいたはずの将官達がいつの間にか集結しており、トラちゃんと襲撃者、そしてミケを取り囲んでいる。
 その背後では全ての武官達が立ち上がり、ことの成り行きを見守っていた。
 中には腰に提げた剣の柄に手をかけている者もいたが、彼らが誰に向かってそれを振るおうと考えたのか──暴挙に出た同胞なのか、それとも敵国の生き残りの王子なのか、判然としない。
 ミケはそんな部下達の顔をゆっくりと見回してから、トラちゃんを押さえ込む男に視線を戻して、だが、と続けた。

「トライアン王子以外の王族や、戦争を押し進めた連中は革命軍や民の手によって処刑された。今のラーガストに残っているのは、ただ戦争に巻き込まれただけの、名もなき民ばかり。我らの敵は、もういないんだ」
「では、殿下。この憤りは、恨みは、悲しみは、いったいどこにぶつければいいのでしょう……俺は、父や兄のために、何ができるのでしょうか……」
「お前の父や兄を戦場に送り出したのは、軍の全権を任されていた私だ。お前の怒りも刃も、受けるべきはその少年ではなく──私だ」
「あ、で、殿下……」