「──王子よ、お覚悟をっ!!」



 その騒動が起こったのは、王都を出発して二日目の午後のことだった。
 昨夜の宿営地からさらにいくつもの荘園を通り過ぎ、丘を越え森を抜け、今夜宿泊する予定の国軍施設まで山を越えればすぐというところまで来て、一行は休憩を取った。

「人間のためではなく、馬達を休ませるための休憩ですわ。山越えは骨が折れますから」

 そう説明してくれたロメリアさんに促され、私とトラちゃんも一旦馬車を降りる。
 誂えたみたいに転がっていた倒木に腰を下ろすと、准将が焚き火でお茶を沸かしてくれた。
 ミケは、ミットー公爵やメルさんと一緒に、すぐ側の木立の陰で愛馬を労りつつ談笑している。
 お馴染みの中将や少将達は、それぞれ別々の場所で末端の武官達を労っていた。
 ネコや子ネコ達は、思い思いに休憩する人間達の間を練り歩き、愛想を振りまきつつ食事に勤しむ。
 戦いに向かっているわけではないので、人々の表情も穏やかだった。
 しかし、ふとした瞬間こちらに──隣に座るトラちゃんに向けられる視線は、私でさえ感じ取れるほどの殺気を孕んでいる。

「まあ、しょうがないよね……僕は憎っくきラーガストの、曲がりなりにも王子だから」
「トラちゃん……」

 自嘲するように言うトラちゃんに、私は何と言葉をかければいいのかわからなかった。
 私は両国の戦争に関してはまったくの部外者で、ベルンハルト側に立ってトラちゃんを糾弾するつもりはないが、安易に彼を擁護するわけにもいかないだろう。

(中立と名乗るのも烏滸がましい、ただただ無力な傍観者でしかない……)

 私はそんな自分を歯痒く思った。
 ロメリアさんは、私とトラちゃんのやりとりを口を挟まずに見つめている。
 その強い眼差しから逃れるように、トラちゃんは目を伏せて続けた。
 
「この国の王子を殺そうとしたんだし……その結果、タマコのことを刺しちゃった。この事実は、なかったことにはできない。僕がこれから一生背負っていく、罪だ……」
「ト、トラちゃん、あのね? ミケのことはともかく、私のことはもう……」

 その時、ふいに頭上が陰る。
 太陽が雲に隠れたのかと思い、何気なしに顔を上げようとして──