ミケが別の部屋に避難するのが領主の娘にバレないよう、私達は一計を案じた。
 まず、ミケの客室を覗いたロメリアさんが、そこにあった絨毯を自分の客室にほしいと大袈裟に騒いだ。
 公爵令嬢であり王子の婚約者候補とも噂される彼女の要求を、地方領主ごときが跳ね除けられるはずがない。
 領主はしぶしぶ絨毯の移動を使用人に命じようとしたが、こちらのわがままだから自分の部下にさせる、とミケが申し出た。
 夕食後、くるくるに巻かれた絨毯が運び出されるのを見た領主サイドの者達は、まさかその中に王子が包まっていたとは思ってもみまい。
 今回、女優を演じたロメリアさんが、私の頬を指先でツンと突いてため息を吐く。

「おかげでわたくしは、ここの家人に絨毯にこだわりを持つわがままな女という印象を刻んでしまいましたけれど? まあ、殿下が簀巻きにされる光景が面白かったので、許して差し上げますが」
「あはは……ありがとうございます、ロメリアさん。私の元いた世界で、ああして警備の目をくぐり抜けた女王様の逸話があるんです。二千年以上前の、外国の人ですけど」

 言わずと知れた、古代エジプト女王クレオパトラ七世のことだ。
 私は、メルさんの膝の上に落ち着いたネコを見て、そういえば、と続ける。

「その国が最初に猫を飼い始めたって言われていて、猫の神様もいましたよ。はじめは人を罰する怖い神様だったけれど、後にファラオ……王の守護者とか、子孫繁栄とか、病気や悪霊から守ってくれるとか、あるいは家を守ってくれる穏やかな女神様として描かれるようになったそうです」
「ネコが守護神、か。ネコに似たレーヴェは丈夫で、作物を食い荒らす害獣も狩ってくれるそうだが、それに通ずるものがあるな?」
「猫が好き過ぎて戦争に負けたっていう、有名な話もあります」
「ほう、詳しく聞こうか」

 興味深そうな顔をして先を促すミケに倣い、私もベッドに寝転び頬杖を突く。
 トラちゃんとロメリアさんも同じ体勢になった。
 猫が好き過ぎて戦争に負けたというのは、クレオパトラ七世よりも後の古代エジプトに、ペルシャ帝国が侵攻した時のことである。
 古代エジプト人達が大の猫好きだという情報を得たペルシャは、猫を前線に置いて盾にしたというのだ。

「結局、猫を攻撃できなくて降伏……そのまま、国は滅んだそうです」
『ぐぬぬぬ……猫ちゃんを盾にするとは、何たる非道……血も涙もない奴らじゃな!』

 メルさんの膝の上に陣取ったネコは、憤慨やる方ないといった風に低く鳴いたが……
 
「それではまるで、ネコに国を滅ぼされたようなものではないか」
「案外、ネコも共犯だったりしてね」
「冷静な判断ができる人間が一人もおりませんでしたの? それならば、滅びて当然ですわね」
「ネコさんがかわいそうです……」

 メルさん以外の三人は、猫を盾にされても攻撃しそうだった。
 それにしても、複数人で同じ場所に寝転がり、頭を突き合わせて夜遅くまで話に花を咲かせるなんて……

(何だか、修学旅行みたい)