すると、千景くんがつぶやいた。

「来たぞ」
「……ひっ」

 わたしたちの目の前に、バレーボールくらいの大きさの、茶色いモヤが現れる。
 あぁ……、ついに出ちゃった!

「ち、ちちち、千景くん……!」
「なんだよ。まさか”怖い”とか言わねぇよな?」
「怖いと思うのは、当たり前の事だからね!?」

 そりゃ、この世で一番怖いのは千景くんだけどさ!
 わたしが何て呼ばれてるか知ってるの?
 こわがりの花りんだよ!
 妖怪を怖がらないワケないじゃん!

「や、やっぱ逃げ、」
「バーカ、何言ってんだ。これからだぞ」

 千景くんは、わたしの手を持って、グイッと自分へ引き寄せる。
 見上げると、千景くんの横顔。
 力強い腕、整った顔……。
 こんな時なのに、ついつい見入ってしまった。

 すると、わたしの視線に気づいた千景くん。
 わたしではなく妖怪の方を向いたまま、私の頭をぽこんと叩く。

「俺じゃなくて妖怪を見ろ――来るぞ」
「え……!」

 見ると、茶色のモヤがだんだんと近づいてくる。
 しかも、なんだか……

『ゆるさない……。ニンゲン、許さない……!』

 この妖怪、なんか怒ってるー!?