〈side 氷空〉
じゃんけんで1人勝ちして真空の隣で寝る権利を手に入れた俺。
よし・・・寝ないでおこう。
暗闇の中にぼんやりと光るランタンの光。
それを枕元に置いて、1晩は真空の寝顔を見つめていることにした。
寝不足には慣れてるし、今更治そうだとか今日こそ早く寝ようだとか思わないし。
不眠早起き・・・いや、不眠・・・だけ?
「・・・ん・・・」
小さな声を上げて寝返りを打ち、俺の方顔を向けた真空。
よかった・・・ずっと蒼鷺妹のほう見てたら無理やり向かせてたからさ。
「・・・可愛い」
くしゃりと曲がったりしながらも綺麗(?)に纏まっている長髪。
開いたら透き通るような瞳を縁取り、伏せられている長いまつげ。
すー、すー、と無防備に息を立てる、筋の通ったはな。
そして・・・桜色に色づく、小さな唇。
AIがつくったんじゃないかと思うほど整った顔のパーツに加えて。
日焼けを知らない、陶器のように白い肌はランタンの薄緑に照らされて黄色っぽく見える。
布団から出た腕は驚くほど細くて、木の枝のよう。
細くて長い、繊細そうな指はよく分からない形で丸められていて・・・。
・・・って真空の容姿についていってたら1晩どころか一生終わんないね。
                                                                  
「・・・はぁ・・・」
無意識にため息が漏れて、慌てて真空が起きてないか確認する。
よかった・・・爆睡・・・とまでは全然言ってないけど気持ちよさそうに寝ていた。
引っ越しかぁ・・・それを聞かされた時の感情はいつまでたっても忘れられないだろうな。
最初に来たのは真空の意見を聞かずに勝手に引っ越しを決めた両親に対しての怒り。
少したって来たのは・・・無力な自分に対しての怒り。
親の力に縋るなんてみっともなくて・・・そんな情けないコト、この年になってしたくなくて。
・・・今思えば親に助けを求めるほうがよかったのかもしれないな。
権力を使って引っ越しを無しにしたりお金を渡して真空と養子縁組を組ませてもらったりできたかもしれないのに。
母さんだったらすぐに動いてくれるだろう。
使用人もみんな真空のコトを慕ってるから『私のお給料もお出ししてください!』とか言ってきそう。
・・・ん?あれ・・・。
これって人身売買?・・・違うよね?
・・・確証が持てない今、これを実践するのは危険だ。
もし人身売買になって訴えられたらどうする?
俺の身とかじゃなくて、真空のほう。
『自分が原因だ・・・!』みたいなこと考えて最悪の場合、自殺とか・・・。
そう考えたことが未来のように見えて、顔が青褪めるのが分かる。
「はぁ・・・」
もう一度零れたため息は、自分への失望だ。
俺は──自分が勝手に決めたような約束も果たせないのか。
『ずっと守って、愛す』なんて抜かしてたのにカッコ悪い。
『約束は破るもの~』みたいにバカなこと言ってる男子生徒がいたけど、俺もソレと同類になるのか。
・・・嫌だ、真空には・・・。
                                                               
──真空にだけは、誠実でいたい。
                                                                  
真空の両親は、1度出たところにはもう2度と帰ってこないらしい。
だから誓わせて、真空。
俺は・・・真空が転校してもう会えなくなっても、愛するから。
彼女なんて作らない。
親に婚約者を付けられてもそれはただの政略結婚だから・・・絶対に、一生で心から愛するのは真空だけにする。
                                                                       
誓わせて、許して。
                                                                    
ゆっくり、布団から身を乗り出して真空に顔を近づける。
そっと、その柔らかいものに唇を当てた。
・・・甘い。
キスって・・・こんなに甘いんだ。
すごく柔らかくて、フニフニしてて・・・真空の唇は、蜂蜜よりも甘い。
ヤバい・・・離せない。
1回離したらもう1回しちゃいそう。
そして数秒が経過して・・・。
「ん、んぅー・・・」
我に返ったのは真空く苦しそうな声がしたとき。
寝てるのに口ふさがれたら苦しいよね・・・いくら鼻呼吸がほとんど(?)と言っても口をふさがれるのは苦しいはず。
しかも自分のタイミングで・・・真空にとったらいきなりすぎるよね。
                                                                       
このキスが俺にとって、ファーストキス。
真空にとってもファーストキスだといいよね、当然。
そっと真空の唇を親指で撫で、微笑む。
仕方ないでしょ?
付き合ってないのにキスしちゃったのは誓うためだし。
ファーストキスだと願っているのは──。
                                                                     
俺は、蒼鷺と真空が映画館でなにかあったコトを知らないんだから。
                                                                   
〈side 氷空 END〉